生活そのものがアトピーによって変わってしまう、そんな経験をしてきたそうです。 ステロイドの使い方を間違えたり、再発を繰りかえしたり、急性のアレルギー症状を起こしたり、といった経験もしています。
けれども、ここに登場してくださった方たちに共通しているのは、「アトピーになんか負けるものか」「必ず完治する」という強い意志・信念をもっていることです。 自分のアトピー体験を公表するのは、勇気のいることです。
それでも、今回ここまで語ってくださったのは、「今現在、先のみえない暗闇の中でアトピーと戦っているたくさんの人たち。 一人でも多くの人に、アトピーは治るものだ、ということを知って欲しい」そう、思ってのことなのです。
もしかしたら、私がお話するよりもずっと、重みをもって受けとめていただけるのではないでしょうか、そう感じています。 私がアトピー性皮層炎と診断されたのは今から何年も前。
生まれて間もなくのことでした。 母は最初、赤ちゃん特有の乳児湿疹だと思っていたそうです。

ところが半年たっても1年たってもよくならないために、大きな病院に行ったところ、初めて「アトピー」といわれたそうです。 すでにこのときから、私はステロイドを使った治療を受けてきました。
以来、T先生にめぐり合うまで、ずっとステロイドを使いつづけてきたのです。 母は、私のアトピーを治そうと必死でした。
厳しい食事制限を続けることができたのも、母の努力の結果です。 とにかく、小麦、そば、卵、大豆と、あらゆるものにアレルギーをもっていましたから、食べられるものは限られているのです。
無理をして食べれば、全身がまつ赤に腫れあがって気管がむくみ、呼吸困難になる危険さえあります。 母は、給食のメニューをチェックして、日によっては、お弁当をつくってもたせてくれました。
同級生は誰も、そのことでからかったりはしなかったのですが、子ども心に「何で私だけ……」と思ったことは事実です。 それでも、母のおかげと私自身の体力もついてきたせいでしょうか。
小学校高学年から中学校にかけては、関節部分に炎症が残っているだけで、顔や身体はほとんど症状が出なくなりました。 高校時代も、部活動(ソフトボール)に夢中になっているときは、さほど症状が悪くなることはなかったのです。
ところが、部活を引退して受験勉強を始めた頃から、再び症状が悪化しはじめました。 運動不足や不規則な生活、ストレスなど、いろいろなことが重なったせいでしょうか。
冬だったこともあり、乾燥してひび割れた皮層からは、血がにじむようになっていました。 この頃から、顔にはタクロリムス軟膏も使用するようになりました。
それから、ステロイドとタクロリムス軟膏をつけると治まり、薬をやめると再発する、といった悪循環が3年ほど続くことになったのです。 短大を卒業後、私は1年間の予定で留学することになり、その準備に追われていたある日のことです。
突然、全身を虫に刺されたような激しいかゆみに襲われたのです。 それは、何とも説明のできない、急激な違和感、とでもいうものでしょうか。

息苦しいと思った次の瞬間、私の全身は、まつ赤に腫れあがっていました。 幸い、家族が近くにいたので、すぐに病院に駆けこみ、ステロイドを投与されました。
しかし、よくなるどころか、さらに症状は悪化し、発熱、眼吐、下痢症状まで起きて、結局、そのまま緊急入院することになってしまったのです。 原因は、何らかの物質による「アナフィラキシー・ショック」ではないかと思われるのですが、はっきりしません。
結局、2週間入院して何とか症状は落ちつきました。 原因のわからないまま退院となり、両親には反対されましたが、私は予定どおり留学を決行したのです。
不思議なことに、留学中の1年間は、かつてないほどアトピーの症状が落ちついていました。 「どうして?」という受け入れられない気持ちと「やっぱり出てしまったのか」というあきらめの気持ち。
でも、再び症状が出はじめたのは、帰国して半月もたたない頃のことです。 入院したときのように急激ではありませんが、はじめに顔に湿疹ができ、それが徐々に全身へと広がりはじめたのです。
最初のうちは、ブッブッとした湿疹だったのですが、かくとそこから傷になり、首筋から胸、腕、背中、足と全身に傷が広がっていきました。 顔はあっという問に炎症がひどくなり、乾燥して薄くなった皮肩は、赤黒く変色しはじめてです。
このとき、実はものすごく悩みました。 高校時代から通っている病院に行くべきか、思いきってT先生にみていただくか…。
T先生がステロイドを使わない治療をし、初めてTクリニックを訪れる。 緊張して予約時間よりかなり早く着いてしまった。

そして診察。 私の状態を細かくチェックした後、先生がおっしゃったひと言を、私は生涯忘れないだろう。
先生は私の目をみてこういったのだ。 「大変だったね。
でも大丈夫。 必ず治りますよ」ることは十分に承知していたし、興味もあったのですが、とにかく生まれてからほとんど、ステロイドを欠かしたことがないのです。
少しよくなりステロイドを中止すると、急激に症状が悪化することは何度も経験していますから、正直、怖くて仕方なかったのです。 そんな私の背中を押してくれたのは、幼い頃から一緒に戦ってきた母でした。
「このまま一生ステロイドと縁が切れないのは、つらいでしょう」二人三脚でアトピーと戦ってきた母がそういってくれたので、私も勇気が出せたのだと思います。 ここから先は日を追って、私の症状がどうなったのか、紹介したいと思います。
治したいとは思っていても、心のどこかで多分無理だと思っていたのだろう。 私は本当に驚いた。

しかもこのときは、症状がどんどん出てきているときで、顔や胸からは謬出液がにじみ出て服を汚してしまうほどだったというのに。 ひと通り皮膚の様子をチェックすると、先生から日頃の生活について質問される。
冷え性や肩こりはないか?便秘はしていないか?運動はしているか?実は、このとき私はひどい冷え性で便秘症。 運動をやめて以来、肩こりと腰痛もひどかった。
先生のおっしゃった症状はまさにピッタリだったけど、なぜわかったのだろう。 第一、皮膚科の問診でこんな質問を受けたことはなかったのでそれもびっくりした。
そして先生はこんなことを話してくれた。 私の場合はもともとアトピー体質ではあるけれど、小学生になって体力がつくとともに、症状はよくなっていった。
けれども高校で急にスポーツをやめたことや、ストレスなどで症状が出るようになった。 顔は一見ツルッルしてきれいにみえるが、炎症が抑え込まれている状態で、皮層はかなり薄くなっている。
また皮層の酸化も進んでいるために全体的に黒くなっているが、本当はもう少し色白のはず。 身体は顔に比べて皮層は厚いが、長年使いつづけたステロイドの影響で、皮層の奥のほうまでダメージを受けている。
先生は私の症状について分析してくれた。 なるほど。
この日、漢方薬(消風散・補中益気湯)、抗アレルギー剤を処方していただいた。 また、ビタミンA、C、フラックス・オイルを飲むようにすすめられ、飲みはじめることにする。
ステロイドについては、いったん使用をやめて様子をみること。

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